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神田寛明さんに聞く
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プロ・オーケストラ奏者の方々による「プロの感覚」シリーズ。 今回はNHK交響楽団の神田寛明さんにお話を伺います。

神田寛明さんのプロフィールは、こちら


2007年 1月10日 クラシック音楽
2006年12月15日 感動の質
2006年12月08日 音楽と、例えばスポーツとの違い
2006年11月22日 コンディションの話、諸々
【注意】スタッフが提示した「テーマ」に対してあくまで「個人の感覚」を自由に語っていただいたもので、「他人へのアドバイス」や「お勧め」では一切ありません。感覚の話なので抽象的な表現もありますが、余分な解釈を加えず出来るだけご本人の表現そのままを引用しています。

クラシック音楽

クラシックという言葉は果たして適切な表現かなと思います。「歴史の淘汰を生き残り、現在も受け入れられている音楽」というところでしょうか。バッハもモーツァルトもベートーヴェンも当時は型破りな前衛音楽だったしいつも作品の発表時から高い評価を受けたわけではなく他のライバルがもてはやされたりしました。

後世のメンデルスゾーン等、優れた紹介者の功績(※作曲者メンデルスゾーンは職業指揮者のパイオニア的存在でもあり、バッハのマタイ受難曲を百数十年ぶりに優れた名曲として演奏するなどの活動が今日高く評価されている)も高いと思いますが、その後も歴史の評価が下されて今なお彼らの音楽は愛され続けているわけです。もちろんこれからも正等な評価をされるべき作品や再評価されてよい作品も多く出てくると思います。

昔の作品だけを賛美してるのではないし、現代の作品を否定しているわけではないですから誤解ないようにしたいのですが、過去の名品を意識するあまり、聴く人の感性から遠のいたり逆に過去の作品に似てしまったりと後発者はハンデを背負っているけれども、どんな時代であれ常に作品は時代の淘汰を受けながら優れたものが残っていく。しかしそういった淘汰が公正に行われるためには音楽を聴く力がなくちゃいけないし、それを養う音楽教育が非常に大切だと思うのです。リズミカルですぐに口ずさめる曲だけが名曲とは限らない。いろいろな音楽の良さを感じるためには正しい教育が必要なんですね。しかし日本においてこの部分はまだまだ不十分だと感じています。

さて私自身はというと、ソリストとして吹くこともありますが第一にオケ・プレーヤーだと思っています。オーケストラという集団の中で一つのパートを演じますが、たとえ同じ曲が過去に演奏されたとしても全く同じ演奏ではあり得ない、これがライブでありまさに一期一会。様々な要素が変化する中で自分はどう演じるか、対応する能力が必要な仕事。ソリストに名人はたくさんおられますし自分には出来ない彼らの才能を見る一方で、自分はオーケストラプレーヤーとして音楽を高いレベルで演じる、これが私自身に課すプロ意識の芯ですね。

最近すっかり生活が音楽漬けです。趣味や息抜きが心の開放を意味するなら、曲のアレンジがそうかな。出来上がった自分の作品が世の中に広まっていく事にもそれを感じる。以前は写真を撮ったり、いろいろ凝ったのですがすっかりご無沙汰になってしまった。これはあまり良くないと思ってはいますが当分続きそうですね。

以上で神田寛明さんのシリーズを終わります。

感動の質

音楽に対する感動は人それぞれで様々な形があるのは当然で、初めて楽器を弾く人の演奏だって心に訴える事は可能だと思います。

でもプロが与えるものは全く別の次元で、ここにプロの音楽が存在する意味がある。わざわざスケジュールを空け、足を運び、お金を払って、時間とスペース(席)を準備してさあ聴くぞ、という事は聴く人にとっても相当エネルギーが要るわけで、当然期待もされている。それに見合う以上の演奏をする、という事なのです。

で、前回ちょっと話に出た、「視覚的な魅了」と音楽・演奏は違うという話ですが、 例えば演奏家の生い立ちや背景、熱演ぶりは情報としてあってもいい。だけど、それが感動の原因なら順番が逆だと思う。そういった音楽に関係ない余分な情報ではなくて、あくまで音によって感動を呼ばなければならないのがこの仕事だと思うのです。

イツァーク・パールマン(※世界的に有名なヴァイオリニスト)の演奏に対し、彼が小児麻痺による不自由な境遇だから感動するという人はいないでしょう?  演奏する基本として秩序ある服装とか立ち居振る舞いとか、ビジュアルへのこだわりは勿論私もあるけれども、それは音楽に対する感動というものとは別のテーマ。

容姿・年齢 ・人生背景・演技その他の要素は、こと演奏内容そのものの品質レベルには全く関係ないと言っていい。昔はLPレコードだったのが今は情報誌も多く、TVもある、インターネットもある、情報量が一方的にとても多くなりました。その一方、シンプルに音を聴いて判断する、感動する、という事が逆に難しくなっているのかもしれない。それは分かり易い気もするけど、でも純粋に音楽を聴いて判断するのは大事なことと思います。

音楽と、例えばスポーツとの違い

音楽にはスポーツのように明確なタイム差とか絶対的な尺度があるわけではない。自分が上手くいったなと思った演奏が案外平凡に評価されてたり、逆に今ひとつだったなという演奏が物凄く評価されたり。 勿論自分自身では常に毎回、より高みを目指して演奏しますが、それが実現したとしても評価はまた別物だというジレンマがそれなりに納得できてくれば、前回の話にあった過度に舞い上がる必要もないかも知れない。

今の自分はといえば本番の連続、毎回舞い上がってたら身体がもたない(笑)。やはり本番経験の回数が、それもどんどん連続することがいい。年に本番が数回しかなかったら慣れろというのも厳しいですよね。

音楽は試合が終わったときの得点を争うわけではないですね。これが結構混同されているように思う。演奏は、終わったから、はい良い演奏でしたと評価するわけではなく、プレーしている瞬間瞬間は全て繋がっており、その流れ自体を感じていくのが音楽だという事を言いたいんですが。 対照的な例では競争だったらそのゴール地点での結果が全てであって、一番早くゴールへ入るために一生懸命努力をする。しかし音楽はプレーそのものを感覚的に「長く魅せる」というか高品質な連続を作っていく事が大事なわけです。

でもここで話しているのは音楽ですから、 視覚的に魅了するという意味ではないんです。自分を機械のように第三者的にコントロールするのでもない。それで冷静になり無難な演奏は可能かも知れない。でももっと高い次元を目指さないとつまらない。 指揮者を自然に見る感じで演奏に集中し、集中して演奏しているうちに終わっている、そんな感じが理想ですね。

コンディションの話、諸々

健康管理には気をつかいますね、ウイルス感染などは防ぎようがないかも知れないけどそれなりに予防は心がけています。今までどうしようもなかったのはインフルエンザに感染した一回だけ、これは他のメンバーへうつしたら大変なのでこの時だけは休みました。その他は熱があっても舞台は休んだ事はありません。 本番前は不調でも体温を測らないようにしています。自分が病気なのを知ってしまうから(笑)。

演奏家にとってもう一つ重要なのが精神的に頑強である事。ちょっとやそっとではへこたれない精神力は本当に大事。いずれにしてもタフな身体が必要な仕事ですね。

本番での緊張の克服、この質問は本当によく聞かれる、どうしたら緊張しないのかって。緊張の原因は不安だから、これを徹底的に無くす努力をする。昔の話になりますが僕が初めてオケでボレロの一番フルートを吹かされたのは経験がない所に突然の起用、しかもすぐ本番という非常に不安要素の多い条件で結果はボロボロでした。

しかしその後リベンジのチャンスが来た。その時は半年前から舞台のイメージトレーニングをしました。舞台の情景や観客の反応まで明確にイメージ作りを行ったわけです。本当に細かいところまで具体的に。吹いて練習したわけではない。ボレロの有名なフレーズ自体をただ吹く練習しても問題は解決しないでしょう? 吹けなくなってしまう不安要素を取り除く準備を半年行ったという事ですね。そうしたら上手くいきましたね。

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